井口佳世子 ヴィクトリア会 English Needlepoint

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ニードルポイントの魅力

ニードルポイントの楽しみ

ニードルポイントは、格子に織られた粗いキャンバスに図柄を描き、ウール糸や刺しゅう糸を使って、1目1目刺していきます。1目が小さいので、花や植物だけでなく、風景や人物、動物、昆虫などの細かいものまで表現することができます。二一ドルポイントがほかの刺しゅうと異なるのは、模様部分だけでなく、そのまわりまで糸で刺しうめてしまうことで、これを地刺しと呼びます。単調で根気のいる仕事のようですが、忙しい現代においては糸を刺す人の心を落ち着かせ、穏やかな気分にさせてくれる貴重なひとときでもあるのです。

刺しゅうをするうえで大切なデザインの題材の多くは、日々の暮らしの中から生まれました。私が暮らしていたロンドン郊外の家には広い裏庭があり、季節になるとリンゴやナシ、ヴィクトリアンプラムが実り、近くの森からはリスが遊びに来ました。お隣の老夫婦は天気のいい日には庭にテーブルを出し、庭の草花を愛でながら朝食や午後のお茶を楽しんでいました。こうした環境に暮らす人にとって、自然は生活の一部なのです。

配色の楽しみ

ニードルポイントではモチーフと地刺しの色合わせは、デザインのイメージを決定する大切な作業です。図柄が18世紀のものであっても、それをいかに現代生活に合う、個性的で人の心に何かを訴える表現ができるかどうかは、色選びにかかっているのです。

地刺しの色に対して、美しく輝く色、図柄の中で大切なアクセントとなる色、ときには自分の想像をはるかに超えた色合わせに出会うこともあります。色のバランスに注意して、お互いの色が微妙にブレンドするように配色に工夫を凝らします。同じモチーフでも、色使いによってこんなにイメージが異なります。

流れの美しいアカンサスの葉は、幻想の中で美しく目に残る色をイメージしてデザインしました。葉脈の色を薄くしたために、葉に動きが出て、生き生きとした表情に仕上がりました。

基本のモチーフ:ウィリアム・モリスの野の花

19世紀に活躍したイギリスの工芸美術デザイナー、ウイリアム モリスの「ミルフルール」をモチーフにして四枚の野の花をデザインしました。どの花もお馴染みのものです。小さく可憐な野の花は、美しい色づかいと可愛いい表現が楽しめるので、初心者の方にぜひおすすめしたいモチーフのひとつです。地刺しの色やサイズはお好みで、自由にアレンジを楽しめます。

ニードルポイントの材料と刺し方

ニードルポイントは、キャンバスワークともタペストリーとも呼ばれている伝統的な手芸で、強くのりづけされたキャンバスにウール糸で1目ずつ絵を描くように刺しうめる刺しゅうです。仕上がりは美しく、重厚です。

ニードルポイントの材料と用具

 <キャンバス>
縦糸と横糸が均等に織られた織物タイプと、型抜きをしたインターロックと呼ぱれるタイプの2種類ある
 <糸>
当ホームページの作品のほとんどはイギリス・アップルトン社のクルーウェル・ウール糸を使用。日本製の刺しゅう糸でも代用可能。 ほかにタペストリーウール糸もある
 <用具類>
針、刺しゅう枠、トレーシングペーパー、油性ペン(細字用)、マスキングテープ、太目の縫い針、ボタンつけ糸、たこ糸、画びょう、接着しん

ニードルポイントの刺し方

ニードルポイントは「テントステッチ」で刺しゅうします。縦糸と横糸の交点に斜めに糸をかけながらバックステッチの要領で刺します。技法的には次の2種類があります。

ニードルポイントの歴史

17世紀、18世紀には、王侯貴族や富裕階級の人々のみが、専門の下絵作家や刺しゅう職人を雇い入れ、女主人が侍女、召使いなどとともに室内装飾品を競って制作しました。王政を持っていたスペインを始め、フランスやイタリア、ドイツでも栄光や権威を示すものとして盛んに作られ、古くから教会刺しゅうに伝統のあったイギリスで大きく発展していきます。

二ードルポイントのデザインの多くは花や植物、動物などを表現したもので、とくに、花のモチーフは刺しゅうと切っても切れない関係にあり、16、17世紀頃の壁掛けや家具などの室内装飾品にほどこされています。その頃イギリスでは東洋との交易が深まるにつれ、エキゾチックな草花のデザインを取り入れ始めました。

産業革命後は材料のウールや刺しゅう糸も量産性が高まり、その色数も大変豊富になって、彩りの世界が大きく飛躍します。

19世紀中頃のヴィクトリア女王の時代には、粗いキャンバス地に色をつけたデザイン、方眼紙にプリントされた図柄、必要なウール糸をセットしたキットがドイツで作られ、ベルリン刺しゅうとしてイギリスで爆発的に広がり、上流階級から庶民の女性たちまで、幅広く楽しめるようになったのです。

一方機械による製品が大量に出回り、ていねいな手仕事や上質なものが失われつつありました。宮廷や教会などの伝統刺しゅうを誇ってきたイギリスでは、その技術を失わず創作活動をしていこうと、工芸美術家、ウィリアム・モリスが中心となって、独自の工芸運動を展開していきます。

1872年にはヴィクトリア女王の三女、クリスチャン王女がRoyal School of Needlework(王立刺しゅう学校)を設立し、現在も世界の刺しゅう愛好家のために広く門戸を開放し、技術指導および歴史的作品の補修と創作活動を続けています。